水鏡に映る三日月 | Main

水鏡に映る三日月



込められた気持ち

冷たい風が吹く外とは違い、校舎の中はストーブの暖かさで包まれていた。

当たり前なことなのだろうが、今の私にとってはそれが何よりも嬉しいものだった。

「お!おはよー!」
「ー…水谷くん。おはよー…」

ストーブの暖かさに導かれ教室に入ろうとすると、朝練が終わったらしい野球部の面々に会った。
いつも元気が取り柄の水谷くんが話しかけてくれたが、挨拶をし返すので精一杯だった私は素っ気無く挨拶を返した。

「あれ、。なんか元気なくない?」
「んー…。なんか熱っぽくてさ」

いつもの元気さがないのは一目瞭然だったのだろう。
心配そうに尋ねる水谷くんを後目に、私はガタンと乱暴に椅子に座った。

ー…そう。
今朝起きようとしたらいきなりの頭痛に襲われたのだ。

体中がだるく休もうと思えば休めたのだが、こんなことで学校を休みたくなかった私は気合いだけで今日来たようなものだった。

はぁーといつもより大袈裟な溜め息を吐き、机に顔を突っ伏す。



先生がやってきてガヤガヤとしている教室に、誰かの呼ぶ声が耳を通り抜け、無くしかけていた意識を取り戻す。
むくりと顔を上げ、呼ばれたほうへ向くとこっちを見ている阿部と目があった。

ー…ん?呼んだのって阿部だったのか…。
ったく人が体調悪いって言ってるのに、なんで話かけるかなあのタレ目野郎…。

「ほらよ」

ボーっとしているといきなり何かを投げてきた。

突然迫ってくる何かを無意識に受け止める私。

「ぅわっ…!!ーーってこれ、スポーツ飲料……」

そう、阿部が投げてよこしたのはスポーツドリンクだった。

ーーさすが野球部…。
私が腕を動かさなくてもちゃんと取れるように、狙いを定めて投げてくれたんだ…。

「風邪引いてる時は水分をいっぱい取んだよ。つべこべ言わずにさっさと飲め」

いつもの俺様な態度で私に命令口調で言うと、そのまま阿部も自分の机にへと戻るため踵を返そうとしていた。

ーーったく、なんでこんな時に限って優しくなるのかなー……。
なんか調子狂うけど……嬉しいな、なんか。

「……じゃあ、ありがたく貰っておくわ」

戻っていく阿部の後ろ姿。
いつも教室で見慣れてるはずなのに、何故かその背中が大きく見えた。

ったく、いつもこんな風に優しかったらもっと周りからモテるだろうに……。
素直じゃないんだから。

そう思ったら自然に笑みがこぼれていた。
意外な一面が見れて、たまにはこんなのもアリかと、そう思ってた…その時だったーー。

「あ、。一つ言い忘れてた」

いきなりくるりと方向転換し、私のほうを見る阿部。
何か言い忘れたのかなと私は首を少し傾ける。

「次は二倍返しだかんな?」
「なっ……!!?」

にやりと、毎回お決まりの表情を見せ、そのまま席にへと戻っていってしまった。

ただでさえ風邪で頭が痛いのに、阿部の一言でさらに痛みが増していく…。

“席に戻れ”と先生が発する声が頭の中に響き、ガンガンと痛みが強まっていくなか、私は阿部の後姿をずっとにらんでいた。


ーー今さっきのは前言撤回してやるッ…!!


やっぱり阿部は阿部だああああ!!


心の中でこれでもかというくらい叫び、貰ったスポーツドリンクのふたを強く握り締め、力任せに開ける。
ごくごくと喉を鳴らしながら半分まで飲み干すと、体中に水分が行き渡ったおかげだろうか、すこしずつ元気がでてきた。

ちらりと阿部の席を見ると、相変わらずニヤニヤしながらこちらを見てる阿部に少しだけ、ほんの少しだけ感謝しながら、声には出さず口だけで「バーカ」と言ってやった。

ったく、一言多いんだよ阿部は!!