ペダルを漕ぐたび、冷たい風が向かい風として襲ってくる。
チャリを漕いでるおかげなのだろうか。徐々に息も上がり全体的に体が温まったような気がするが、やはり相変わらず顔や手が冷たいままだ。
ふと目線を戻すと、停止を促す赤い光が視界に入ってきた。
せっかく体温まってきたっていうのに信号待ちだなんて、マジで運悪ぃーな……。
「あー……寒ぃー…」
チャリを止めてから発した最初の言葉。
自然と“寒い”という言葉が自分の口から出てきてしまうのは仕方ないことだろう。
ー…そういえば、“寒い”っていうから逆に寒く感じるんだよ、と前に水谷に言われた気がすんな…。
ってか寒いもんは寒いのに、なんでわざわざ紛らわすようなこと言うんだ?“暑い”って逆に言ったらおかしいだろ、普通。
寒くて思考回路がうまく働かないせいか、謎が謎をよぶように頭の中では更に複雑に絡み合い余計にわけが解らなくなっていた。
ー…ちくしょー…明日、水谷しめてやる…。
「あれ、泉くん?」
急に自分の名を呼ぶ声が聞こえ、内心では少し驚きながらも声のした方向へと振り向いてみる。
「ー…?」
「こんばんはー」
目を移してみると買い物袋を提げたがそこにいた。マフラーをぐるぐる巻いていて、私服のせいか上着がとても暖かそうに見える。
ー…少しだけ、羨ましいと思ってしまった俺はどんだけ寒いのが苦手なんだと少し落ち込みたくなった。
「泉くんって、野球部なんでしょ?こんな時間までお疲れ様!」
「ー…どーも」
とは教室の中でもあまり話したことがなかった。俺がいつもの野球部メンバーと一緒にいて、自分から話しかけないということもあるかもしれないが、は違った。
は いろんなグループに所属していて、いつも笑い声が響いている教室はとても明るい。田島も明るい性格だが、田島とは違う明るさな気がする。だからなのか、9組は一際明るさがあるクラスって先生や他のクラスからよく言われることの一つだ。
「ー…そういえばさ泉くん、寒くないの?今夜冷えるでしょー?」
「あぁ…。家に忘れてきたんだよ」
まぁ自業自得だよなと軽く笑っていると、はいきなり自分のつけていた手袋を外し、俺の手に重ねてきた。
「ー……!!」
「ちょっと!すごい冷たいじゃない、手!!」
突然の行動に俺は顔を赤く染めていく。
それでもは冷たい俺の手を包み込むように温めてくれる。
心臓がドクドクと音を立てている中、の温かい手が自分の手のひらに広がっていくのが分かった。
それがまるで部活でやってる瞑想のように……。
(「自分の手の温度が低ければ、遠慮なく隣の人からもらう」)
(「隣の人の手が冷たければ、自分の体温を分け与える」)
シガポが毎回言ってるセリフが頭に再生され、無意識にの手から体温をもらっていた。
「…あ、少しずつ温まってきた!」
の声でようやく我に返り、目の前に重ねられてる手を見て恥ずかしさのあまり更に顔に熱を持つ。
「んー…。そだっ!泉くん、ちょっと待っててもらっていいかな?」
「…あ、あぁ…」
一言そう口に出すと、は勢い良く走り出して行った。俺はその姿を無意識に目で追っていく。
ーー…って!!
俺何顔赤くしてんだ!?
あーー…。ホント、田島たちがいなくて良かった…。
つい数分前の出来事を思い出しただけで、一気にまた熱が上がる。
まぁ、そのお蔭で体は大分温まったが……。変な汗でもかいているのか、火照っている顔を手で仰いでいたときだった。
ピュー………
冷たい夜風が俺の肌を撫でていく。
先ほどまでうざったく感じていた風が、今は逆に冷たくて気持ちいい…。
「お待たせーー!!」
しばらく夜風にあたっていると遠くからの声が聞こえ、視線を戻す。
「ハァハァ…。ー…泉くん、手ー出して…?」
俺は頭の上に疑問符を浮かべながらも言われた通り手を差し出す。
「ーーはい、これあたしからのプレゼント!」
手のひらに乗せられたものはココアの缶だった。
徐々に温かさが手全体に広がっていくことから、温かい物なんだと認識する。
「今日、泉くん誕生日でしょ?」
「えっ…。何でー…?」
「千代ちゃんが言ってたんだー。だから、これあたしからのプレゼント!」
こんなものでゴメンねーと謝るの顔を直視してしまい、思わず視線をずらしてしまった。
「だからさ、これで手温めながら家に帰るんだよ?きっと無いよりはマシだからさ!!」
教室でいつも見る、の笑顔。
いつもニコニコ笑って、他の人にも元気を分け与えてるようなその笑顔は、見てて癒される。
「ー…ありがと」
俺も出来る限りの笑みで返した。笑うなんて日常で意識してやらないから、もしかすると不器用な笑みになってたかもしれない。
それでもは満面の笑みで返してくれた。
それは、今までのよりもずっと綺麗な笑顔でーー…思わず見とれてしまった俺がいた。
***************
数分間会話を交わした後、信号が青に変わったのをきっかけにお互い別れを告げてそれぞれの帰途につくことにした。
チャリを漕いでるといつもは感じないズボンのポケットから熱が伝わってくる。そう、あの貰った缶はズボンのポケットに入れて暖を取っている。
しかし時間が経つにつれ少しずつ温度が下がり、今ではぬるいように感じるがなんとなく温かさが体に伝わってくる。
ー……この時期なんて寒いだけだし、良いことなんてなんもないーーー。
そう思ってたけど。
そっと缶に触れ、先程の出来事を思い返す。
ー……うし。明日になったら俺から話しかけてみよっかな。
"昨日はありがと"ってーー。
頭上に広がる夜空を見上げながら、俺は自分の家を目指した。
明日、普通に話しかけれたらいいなーー…。