水鏡に映る三日月 | Main

水鏡に映る三日月



桜色パレット

4月、それは桜が開花し始める季節。
そして新生活を始める人や新学期を迎える人など、様々な人が新しい一歩を踏み出す季節でもある。

そんな私も新学期を迎える一人で、これから訪れる素敵な高校生活に胸を躍らせながら家を出てきたのに。

「うわー…見事にクラス分かれたか…」

さっそく思わず目を背けたくなる現実にぶつかっていたー…。



***************



目の前に張られているクラス発表の紙を凝視する。それはもう紙に穴が空くんじゃないかと思うくらいじっーと。
でもいくら見続けても、私の名前と彼の名前が同じ欄に重なることはない訳で。仕方なく現実に戻ることにした。

あーあ、せっかく孝介と同じクラスになれるチャンスだったのになー残念すぎるよ……。ってか次のクラス変えまで大人しく待てだなんて…そんなの耐えられない…!!
はぁ、と盛大なため息を吐いてしまう。周りの人からすれば、なんでこんなおめでたい日にため息を吐いてるんだろうと疑問に思う人もいたかもしれない。でも孝介と同じクラスになれなかったという事実の方が重大で、周りのことなんか気にするほどの余裕がなくなっていたんだよ…仕方ないことだよね。

はぁとまた吐いてしまうため息。何回ため息吐いてるんだよって誰かにツッコミを入れられるくらい大げさなものだって自分でも分かってる。
ー…でも、しょうがないじゃんか…入学早々いきなり壁にぶち当たるとは思ってもいなかったんだもん。でもこればかりはどうしようも出来ないことだし、素直に諦めて頑張って前向きに考えるか…。

もはや用のなくなったこの場から離れるため踵を返そうとしたその瞬間、次から次へと押し寄せる人の波に巻き込まれ体が流されてしまった。
何事かと周りの様子を窺ってみるとどうやらみんな考えることは一緒らしく、自分の名前の他にも気になる人や友達の名前を探すためにみんな必死になってクラス発表の紙を見ていた。あぁなるほど…だからこんなに混みだしたのかと思わず納得する。私の時は早めに学校に到着してしまった関係でまだ生徒は少なかったけど、今は入学式の時間が迫ってきているせいか大勢の生徒が集まっていた。
そのせいもあってここら一帯は人ごみで埋め尽くされていて、思う通りに前に進むことができない。ー…なんか初売りバーゲン会場を思い出してしまうのは何故だろうか。

冷静に考えられる自分に驚きつつ人混みの中を必死で手でかき分けていき、がやがやと賑わっているそこからやっとの思いで抜け出すことができた。
ようやく新鮮な空気を体中に取り込むことができ、自分を落ち着かせるためにも深呼吸を繰り返す。

ふぅー…やっぱり春の匂いは好きだなー…。

ふと頭上を見上げてみると、桜の花びらがひらひらと綺麗に宙を舞っていた。
やっぱり春を主張するこの桜とちょっと肌寒いこの風があるこの季節が好きだなー…。“虫が冬眠から覚めるから”とか“風邪引きやすいから”とかの理由で春が嫌いって子もいるんだけど、私は新しい一歩を踏み出せるこの季節が大好きなんだよね…。

おはよ」

頭上の桜を見上げてどこか感傷的になっていると、後ろから例の彼の声が耳を通り抜ける。
すぐさま振り向いてみると、エナメルバックを肩にかけてこちらへ近づいてくる孝介の姿がそこにあった。

「あ、孝介おはよー!」

孝介に会えた嬉しさでテンションが上がっていく私。単純かもしれないけど、春休みのせいで孝介に1週間も会えなかったんだもん。早く会いたいってずっと思ってたんだから久しぶりにその姿が見れてテンションが上がらないはずはないよね。
嬉しさのせいで徐々ににやけ始める顔を出来るだけ抑えつつ、孝介の元へ走り出そうとした時だった。

(あ、そういえば孝介とクラスが分かれたんだった―――)

先ほど見てきたクラス発表のことが脳裏に過ぎり、思わず足を止めその場で顔を徐々に曇らせていく。
…そっか、孝介と同じ高校に入学できても同じ高校生活は送れないんだよね…。

「…どうした?」

私がこの場から動かないことに疑問に思ったのだろう。孝介は疑問符を頭に浮かべながら私の元へと歩み寄ってきてくれた。
こういう時の孝介ってなんか勘がいいというか何というか…。まぁ私の態度が分かりやすいせいもあるのかもしれないけど、本当孝介は鋭いなっていつも思うんだ。

「ー…クラス、離れちゃった…私は2組で孝介は9組だってー…」
「あーそっか…ま、仕方ねーか」

気まずい空気が二人の間に流れる。
たぶん孝介はなんとも思ってないだろうけど、少なくとも私にはそう感じられた。
だって、高校入学する前から“同じクラスになるといいね”と言い続けてきたのだから。それが叶わなくなった今、不安な気持ちになってしまうのは仕方ないことだと思う。

「……まぁクラス離れちゃったのは仕方ないけど、孝介はもてるからなー…。浮気とかしちゃダメだからね?」

この空気に耐え切れず思わず苦し紛れに言葉を発してしまった。もちろん冗談のつもりで。
孝介は浮気なんかする人じゃないって分かってるし、今更言葉にしなくても大丈夫だって分かってるつもり、なんだけど…。
それでもやっぱり心配しちゃうんだよね。ただでさえ中学の時もそれなりにもててたし…私と付き合うことになっても孝介への告白は絶えなかったし…。

…だからなのかもしれない。


これからの高校生活、私たち大丈夫なのかな?


そう脳裏に過ぎってしまったのはー…。

それが知らない間に行動に出てしまったのだろう、いつの間にか顔は俯いてしまっていた。
孝介に限ってそんなことはない、心ではそう信じていても未来がどうなるか私にだって分からないんだもん…うわっどうしよう、なんか涙が出そうだよ…。
自分が発した言葉に後悔していたその時だった。

「ー…ばーか」

孝介から何か言葉が聞こえたと思い顔を上げた瞬間、おでこに痛みが走った。
何が起きたのだろう。「へっ?」と間抜けた声しか発することができない。痛みを少しでも和らげようとおでこをさすりながら孝介へと目を移してみると、孝介の右手が目の前に広がり驚いた私は思わず後ずさりをする。
この状況を理解するのに時間はかかったが、どうやら孝介は私に向かってでこぴんをしてきたらしい。え、なんででこぴんなんかしてきたの…!?

「俺がどんだけお前に惚れてると思ってんだよ。んなこと心配してる暇があったら勉強の心配しとけ。もし授業で分からないとこがあっても教えてやんねーぞ」

予想外の言葉を投げかけられて一瞬何を言われたのか理解できなかった。
でも孝介の発した言葉が脳内で何回も再生され、私は赤面せざるを得なかった。

何、その男前な発言は…!!
普通「惚れてる」なんて簡単に言葉にしないと思うんだけど……!ってか勉強は教えてもらわないと困るんだけどおおおおお!!

「ほら、教室行くぞ」
「あ、うん…!」

孝介はくだらないとばかりに、校舎に向かって足を進める。
私もそんな孝介の後を追いかけるため駆け足で近づき隣に並んで歩いていると、いつの間にか私の右手は孝介の左手によって握られていた。
ふと孝介の顔を覗き込んでみると目は明後日の方向を向き、頬は若干桃色に染まりつつある。


ー…やっぱり孝介には敵わないな…。


そうだよね、孝介だって心配してるんだよね。でも私を心配させないためにあんな事を言ってくれたんだよね。勝手な解釈でしかないけど、そう考えたら次第に心が落ち着いていくのが分かった。

…ねぇ、孝介。これから私たちの高校生活はどんな色に染まっていくのかな。
きっと、この桜のように淡くて綺麗な色なんだよね?違うクラスになってもきっと私と孝介の関係はずっと、ずっーと続くんだよね?


だって、孝介が側にいれば私の未来はずっと輝いているんだから……。


これからきっと訪れる素敵な未来に心を躍らせながら、私は手を強く握り返したのだった。