水鏡に映る三日月 | Main

水鏡に映る三日月



Merry Xmas to you……

(「あー暇だなー…」)

誰もいない空間に一つ大きな欠伸をこぼす。暖房が効いているせいだろうか、遅い時間帯ではないのにいつも以上に眠気に襲われる。
なんとなく店内から外の景色に視線を移すと、寒そうな風がびゅんびゅんと吹き荒れていた。

(「こんなに風が吹いてたら、普通外には出ないかー…」)

今日は12月25日。そう、今日はいわゆるクリスマスというイベントなのだ。
店内は一年に一度あるこのイベントのために飾りつけが豪華に施されている。そしてこの広い店内に響き渡る冬の定番ソングを何回も聴いたせいか、ある程度口ずさめるようになってしまった。ー…そのくらい暇だということ。
私もそのイベントに強制参加のため、赤と白の衣装と帽子を身に付けている。こんな恥ずかしい格好、最初は嫌だったけど別に誰かに会う訳じゃないし、気にしなければいいんだと案外早く答えにたどり着いて。そんな私を心配してくれたのか友人が「大丈夫?」と声をかけてくれたが、恥というものはもう捨てた、と言ったら「大人だね」と言われ少し複雑な思いをしたけどね。
そう思ってなきゃこっちはやってられないんだよ、ちくしょう……!!

<ピンポーン ピンポーン>

店内にお客さんが入ったのを知らせる音が鳴り響き、急いで自分の勤務態度を直す。
こんな態度をお客さんに見られたら、ちょっと失礼だもんね。よし、いかにも仕事してたんだよって空気出しておこ。店内に誰もいなくてもやらなきゃいけない仕事はあるし、暇だったって思われないようにしよう…!

「あれ?」

せっせと仕事をしているフリをしていると誰かの声が店内に響き渡る。
どこか聞き覚えのある声が耳を通り抜けたため、思わず視線をその声の持ち主に移してみたその時だった。

「…?」
「さ、栄口くん!?」

そう、これが中学以来となる彼との再会だったーー…。


***************


…だよね。久しぶりー」
「栄口くんも元気そうだねー」

栄口くんとは中学が一緒で、何回か同じクラスにもなったことがある数少ない男友達の一人。当時の私は消極的で、誰かと話すことが苦手だったけど、栄口くんはそんな私に色々話しかけてくれた。
まさか中学時の同級生に会うとは思わなかった私は、少しだけテンションが上がるのと同時に一つ心配事が脳裏に過る。

…栄口くん、気にしてないといいな…。

「ってか、クリスマスなのにバイト入れてるんだ」

ー…ほら、やっぱり。
一瞬、目を伏せて自分でも分かるくらいの暗い表情をする。

そうだよね…普通、クリスマスにバイトは入れないよね…。でも私、彼氏いないし別に気にしてないんだけどさ…栄口くんにそう思われるのは何か嫌だなー…。

「あはは…。まぁクリスマスってみんなバイト入れたがらないから、代わりに私が入ったんだー」

乾いた笑いしか出ない。
どういえば栄口くんに誤解してもらわずに済むか考えてはみるけど、それはただの言い訳にしかすぎない。それに栄口くんには一切関係ない話だもん…私がいくら言っても意味ないもんね……。

「さ、栄口くんはどうしてコンビニに来たの?」

話題からそらすため、栄口くんに目的を尋ねてみた。

「そうだ。俺部活帰りでさ、喉渇いたから飲み物買いに来たんだった。」

商品持ってくるわ、と爽やかな笑顔で走る栄口くんは相変わらず変わってないなーと思わされる。
とりあえず話は終わらせることが出来た…。これ以上話を蒸し返すようなことはしないと思うし、とりあえず一安心かな…?
安堵のため息を吐いていると、両手に商品を抱えた栄口くんが戻ってきた。

、これお願いします」
「はーい。じゃあお預かりしまーす」

見知ってる仲なのに、店員とお客といういつもとは違う関係にお互い笑みをこぼしてしまった。私は栄口くんが持ってきた商品を受け取り、一つずつレジに通していく。
あれ、飲み物目当てでコンビニに来たのに、他のものまで買っちゃってる。あ、このケーキおいしそうだなー。あとで休憩の時にでも買おうかな。クリスマスだし、きっと売れ残りも出るだろうからあとで店長に聞いてみよう。

「はい、以上で586円です」
「えっと…あ、ちょうどあるかも!」

ちょっと待ってて、と口にしながら栄口くんは小銭をジャラジャラとカウンターに出す。その間に私は商品を袋に詰めようとレジ袋が入ってる箱を漁っていた。

「あ、。そのケーキだけ違う袋に入れてもらってもいい?」
「うん。大丈夫だよー」

大きめの袋に入れようか、それとも二つに分けるべきか悩んでいると栄口くんは後者を選択してくれた。
ケーキって崩れやすいもんね。さすが栄口くん。だてに家事をお手伝いしてるわけじゃないよねー。

「はい、どーぞ」

栄口くんの希望通り二つの袋を用意しそれを渡すと、栄口くんはにこやかな表情で受け取ってくれた。あーあ、もう栄口くん帰っちゃうのか…もう少し話していたかったけどな…。でも久しぶりに栄口くんに会えたし、クリスマスにバイト入れて良かったかな。
「またね」と声にしようとしたその瞬間、先ほど渡した二つの袋のうちの一つを私に差し出してきた。何か入れ忘れたものでもあったのだろうか、栄口くんのその行動に私は頭上に疑問符を浮かべる。

「はい」
「ー…え?」
「夜遅くまでお疲れ様。それに今日クリスマスだし、俺からケーキの差し入れ」

はい、とケーキの入った袋が渡される。

え…もしかして袋をそれぞれに分けてって、ケーキを私に渡すためだったから…?
栄口くんが私にケーキを……?

突然の出来事に言葉が出てこない。

さーん、ちょっと手伝ってもらいたいのがあるんだけどー!!」
「ー…あ、はい!今行きます!」

奥から私を呼ぶ店長の声が聞こえ、とっさに返事をする。

「じゃあ俺行くね」

私に気を遣ってくれたのか、バイバイと手を振って店内から出ようとする栄口くん。


まだケーキのお礼も言ってないのに。まだ話したいこと、たくさんあるのにーー!
お願いだから、まだ行かないで…っ!!

「栄口くん!」

とっさに彼の名前を呼ぶと、店内に自分の声が響き渡る。
自分が発したその声が大きいことに気が付いた私は恥ずかしさのあまり、顔を赤く染め上げていく。一方、私の声に反応した栄口くんはくるりとその場で方向転換して私の方を向いてくれた。

「…ケーキ、ありがと!!」

中学時代、こんなに大きな声を出したことないからびっくりするかもしれないよね。
でもね、栄口くんがいつも話しかけてくれたおかげで、楽しい学校生活が送れたんだよ。
高校に入学したあともみんなと気兼ねなく話せるようになったのは、栄口くんのおかげなんだよ。


ーー…そんな栄口くんが昔から好きだったんだ、私…。


いつも周りを見てくれて優しさがにじみ出てる栄口くんに、中学の時には言えなかった「ありがとう」を。
私は、精一杯叫んだ。

「うん、また来るね!」

私が叫び終わると、いつもの満面の笑みを零しながら答えてくれた。そしてそのまま手をひらひらと振りながら、寒いだろう外へと出ていってしまった。

さーん…今すごい声が聞こえたような気がするんだけど……あれ大丈夫?何か顔赤いけど?」
「ててて店長!?あ、えっと大丈夫です!!」

急に現れた店長に驚き、思わずあははと愛想笑いを零す。その仕草に店長は不思議がっていたけど、私が笑ってごまかしたら何とか成功したらしい。

「で、これをやってもらいたいんだけど…」

店長が仕事内容を説明している最中、私は未だ両手にあるレジ袋を再度握り締める。

今日、バイト入れて良かったな…。
栄口くんに会えたし、ケーキももらっちゃったし…。

ーー…今日は最高のクリスマスだな!!