今日も眠たい目をこすりながら、先生が黒板に書いた文字を一字ずつノートに書き写していく。
昨日の練習は疲れたな、なんてことが脳裏によぎると自然と欠伸が出てしまう。ー…本当に体は正直ものなんだな。
眠気を覚ますために、外の景色でも見て気分転換でもしようかと窓に視線を向けてみると。
今日も、俺たちの敵ともいえる雨が、シトシトと降り始めていたーー…。
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<キンコーン カーンコーン>
全ての授業の終わりを告げる最後の鐘が校内に響き渡る。
HRが終わりを迎えると周りは一気に騒がしくなり、「これから何する?」「じゃあカラオケにでも行こうぜ!」など各々の予定のため、すぐさま教室を飛び出していく姿が目立つ。
俺も本来ならこの後はグラウンドが使えない代わりに、筋トレなどの室内トレーニングが待っているのだが、今日は久しぶりの休暇日。つまり今日は部活がないのだ。
「じゃ、また明日な巣山!」
「おぅ。また明日」
同じクラスでチームメイトでもある巣山に一言声をかけると、俺はとある場所を目指した。
数十メートルしか離れていないのに意外と遠い、あの教室へとーー…。
「泉!悪いんだけどさ、呼んでもらえないかな?」
「おーす、栄口。なら今さっき教室から出て行ったぞ」
逸る気持ちを抑えつつ、9組の教室に無事到着すると教室の入り口付近で泉の姿を見つけ思わず声をかけた。
だが、俺が探している人はすでに教室を後にしたらしく、その事実に思わず肩を落とす。
せっかく急いで来たのにー……いないのかよ…。
「マジかー…。わかった、ありがとな泉!」
「おぅ」
泉に礼を言い、すぐさま教室を飛び出した。
いつもなら俺のこと待ってるはずなのにな…。それに今日は一緒に帰る約束だってしてたんだ。勝手に帰るはずがない。
それなら一体どこにーー…。
「……!!もしかしたら…!!」
心当たりのある場所を思い出し、その場所に向かうため俺はすぐさま踵を返した。
がそこにいる、という確証はない。でも、何故かそこにいるような気がしてならなかった。
気がつけば少しずつ歩くスピードが上がり、しまいには駆け出していた自分がいる。
階段を一段飛ばしで駆け上がっていき、目的地であるドアノブに手を伸ばす。
そうー…が一人になりたい時、必ず向かうあの場所…!!
ーガチャ…ー
息を切らせながら開けた扉の向こうは、とてつもなく広い空間が広がっていた。そして右から左へと目で追っていくと、ある場所で目が留まる。
今日は雨で誰もいないはずのその空間に、一人占めするかのようにポツンと寝転んで広い空を眺めてる一人の生徒がいた。
そう、ここは屋上ーー…。
「…傘も差さないで何してんの?」
「ー……空、見たかったから…」
急に声をかけたのに関わらず、は驚いた素振りを一切見せずに俺の質問に答えてくれた。
ー…ってか、空?雨も降ってるのに、なんでわざわざ空を見るんだ?
それに小降りといえど、傘も差さないなんて…。
ゆっくりと顔を上げていくと、どんよりとした雨雲が頭上に広がっていた。そして雨がぽつぽつと俺の髪や目、鼻や頬に落ちて顔全体を濡らしていく。
「だって、勇人の誕生日くらい空眺めたいもん」
いきなり発された声に一瞬驚く。
ってか今なんて言った?“俺の誕生日くらいって”……?
「えっ…それってーー…?」
「勇人の誕生日はいつも雨が降ってるでしょ?だから今日くらいは傘差さないで、空眺めたかったの」
の発する言葉を聞き逃さないようにしていると、耳を疑うような回答が返ってきた。
まぁ、そりゃー6月なんて梅雨の時期と被ってるし、雨が降るのも仕方ない気がするけどな…。でもなんで“今”空を眺めたいのか。別に今日じゃなくても、晴れた日には目いっぱい空見渡せるのに。
ーー…なんで?
「ー…この雲の上には青空が広がってるんだよ。雲一つない真っ青な空がー…。今は雨雲のせいで見えないけど…だからといって傘差しちゃうと空、見えないもん」
そう言って、はまた空を仰いだ。
ー…初めてだ。自分の誕生日に、こんな風に言ってくれた人。
実際俺だって、6月生まれなんだから梅雨と被って当たり前だとばかり思い込んでたし、特別気にしたこともなかった。
でも自分の彼女がこうも可愛いことを言ってくれる。
ー…なんだか照れるな…。
自然と笑みが零れ、手で口元を隠す。
そしてそのままが寝転がっているところまで歩み寄り、隣にゴロンと寝転んだ。
「ー…勇人、風邪引いちゃうよ?」
「それはだって同じでしょ?」
「あたしはいーの。勇人は部活があるでしょ?」
「俺もそんな気分だからいーの」
が俺のために空を見てくれてるんだ。俺も一緒に見なきゃ彼氏失格でしょ。
それにー…。今日はやけに雨が気持ちよく感じるしな…。
「ー……勇人」
「…ん?」
「誕生日、おめでとう」
「……ありがとう」
今まで野球が出来ない雨なんて憂鬱としか感じなかったけど、のおかげで少し好きになったかもしれない。
ー……たまにはこういう誕生日も、いいかもな……。
そう心の中で思いながら、雲が晴れて一筋の光が差し込むまで俺たちはずっと空を見続けていたー……。