水鏡に映る三日月 | Main

水鏡に映る三日月



永遠より大切なもの

「あーー!!今日英士の誕生日じゃん!?」

そう。

この一言がきっかけで、これからの俺の人生が変わるとは思いもよらなかった。


自分でも忘れていた日を。君が覚えていてくれたおかげで。


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一歩廊下に出ると、図書室の温かさがどれだけのものであったか感じることが出来る。
寒いのは元々得意な方だし寒いからと言って別段騒ぎ立てるものでもないけど、暖かいものはやはり良いものだなと感じてしまう。

誰ともすれ違わない廊下を歩いていると、自分の歩く上履きの音が反響しているのに気づき何故か笑いが込み上げてきた。
再来週に控えてる試験のために下刻時間ギリギリまで学校に残って勉強する人はいない…か。まぁ、こんな時間まで校舎に残ってる人は珍しいもんな。

教科書を戻しに自分の教室を目指し、ようやくたどり着いた教室の扉に手をかける。

「…あれ、誰が教室に残ってるのかと思えば、か」

扉を開けると誰もいないはずの空間に一人、見覚えのある後姿が勢い良く振り向いてきた。
その人物は人目見たら分かる、俺の幼馴染。こんな時間までいることに驚きながらも、まだ暖かさが残ってる教室に導かれながら足を進める。

「…え、英士?もういきなり開けるとびっくりするでしょ!?」

机に向かって何かしら作業していたとみえる
ー…どうやら今さっき俺が扉を開けた音で驚かせてしまったらしい。

「何やってたの?」
「何って…試験勉強してた」

の机の側に行くと、数学の教科書とノートが無造作に広げてあった。
そういや、は数学が苦手だっけ。試験勉強のためにこんな時間まで教室で勉強してるなんてらしいなと思っていると、くすりと笑みを零してしまった。

「あー!笑わないでよもう!そりゃ、英士みたいに頭良くないけど、あたしだって勉強ぐらいはするわよ!!」
「ゴメン、別にそういう意味じゃないって。で、勉強ははかどったの?」
「まぁ少し復習は出来たけど、分からない問題もあってあまり進まなかったー…」
「俺が教えてあげようか?」
『え、本当!?』

俺は数学は好きな方だし、に教えることくらい訳ないと思う。それに、こんな時間まで頑張ってたの努力が実って欲しいしね。

「それじゃ、今日はもう遅いし明日とかどう?」
「うん!ーーそういえば…あれ、今日って何日ーー…?」
「今日は25日だけど、それがどうかした?」

は日にちを聞くと何やら考え込んでしまった。
試験は2月からだし、1月は何も試験はないから悩むものなんてないと思うんだけど。


「あーー!!今日英士の誕生日じゃん!?」


の声が静かな教室、もしかして廊下中にも響いてるのではないかと思うくらいの声量が響き渡った。

…あぁそういえば、今日1月25日か。
自分の誕生日にあまり興味ないし対して大事なことでもないから、が言うまで俺自身も忘れてた。

「あちゃー…忘れてた訳じゃないんだけどな…」

頭を抱え何やら自己嫌悪に陥ってくれてる
別に俺の誕生日なんか気にしなくていいよと、口に出すと「誕生日は大切な日でしょ!?」と軽く怒られてしまった。

別に本人が気にしてなければ別にいいのではないかと脳裏に過るが、がそこまで俺の誕生日を考えてくれるのは何だか嬉しい。

「英士、誕生日プレゼント何がいい?」

今までずっと握り締めてたシャーペンを机に置き、頬杖をついて質問してくる
俺が目の前にいるから、欲しいものを聞くには一番手っ取り早い方法だってことは分かるけど、そんな質問答えられるはずない。
いつもならそう思うのに。

何故か今日はのその姿を見てたら、満面笑顔な彼女を困らせてみたくなった。

「ー…なんでもいいの?」
「うん!でもあまり高いものは請求しちゃダメだよ?」

君は嬉しそうに笑う。
毎年必ず誕生日プレゼントをくれていた君に、今年は少しだけ俺の我が儘を聞いてもらおうかなって。

「それじゃあ………、君が欲しい。」

俺が今欲しいもの、それは俺との今の関係性から脱出すること。

こう言うと確実に彼女は困るかもしれないけど。


でもこっちだってずっと片思いしてるんだから、たまには俺の我が儘に付き合ってもらわないとね。


「なっ……!!」

数秒間、俺の言った言葉の意味を考える。すると次は顔を真っ赤にして動揺していく姿に、思わずくすりと笑みが漏れる。
さて、これをはどう捉えるかだな。の出方を窺ってもいいんだけど、せっかくだしが自分で考えて最終的に出た“答え”を聞いてみたい気もするんだよね。

視線をへと移し、顔が真っ赤に染まってると目が合う。

「……英士、それって…本気で言ってる…?」
「さぁね。どう思う?」

一言口に出して、また黙り込む。

も確実に困ってるだろうけど、ここはあえて黙っていたら面白いなと。
こういうことしてるから、結人とかに“ドS”とか言われるのかもしれないけど面白いから仕方ないでしょ。

しばらく様子を窺っているとようやく自分の答えが出せたのか、の視線を感じ取りふと目線を合わせる。

「もし、英士の言ってること、鵜呑みしていいなら……こ、今年の誕生日プレゼント…後悔したって、知らないんだからね…ッ!!」

自身が考えて見つけた答え。

それは、俺が考えてたのと違う結末だった。

「ーー…それ、今巷で人気と言われてる“ツンデレ”ってヤツ?」
「…うるさいな……!!」

更に顔を真っ赤にする君がとても可愛らしくて。まさかが俺の想いを受け取ってくれるとは思わなかった訳で。

予想外な出来事だったけどそれよりも嬉しさで一杯になった俺は、が発した言葉とほぼ同時にを抱きしめた。

「!?え、英士…?」
「ーー…ったく可愛いこと言ってくれちゃって」

まさかが肯定してくれるなんて思わなかった。俺の想いを告げる日は永遠に来ないだろうと、ずっとそう思ってたのに。

そう。

、君が俺の前に現れた時点で、俺の世界は狂わされたんだ。


思わず抱きしめたの体はとても温かくて、ものすごい心地よいものだった。

「…英士、あたし思うんだけど…」
「ん?何、?」
「自分の誕生日に付き合い始めるのって、ある意味すごくない…?」
「大丈夫。がどこにもいかないように、沢山可愛がってあげるから」
「えっ!?英士、何言って…!!」
、これ以上何か言うとキスしちゃうよ?」
「ッ!?」

そう、君に出会った時から俺はもう、君に夢中だったんだ。