「椎名さん!翼くん知らない?」
帰りのホームルームが終わり各々帰りだす頃、必ずといって聞かれることがある。
「あー……今頃翼なら…校庭にいるんじゃないかな」
翼がいそうな場所を口に出してみた。
必ずしもそこにいるという保障はないけど。一応答えておかないと怒られそうな気がして…。
「あ、そうなんだ。ありがとね椎名さん!」
そう言うと、急いで教室を飛び出していく女子たち。
今さっきまで賑やかだった教室が一気に静けさを取り戻し、あたしはふぅと安堵のため息を吐いた。
ー…そう、あたしは翼と双子の兄妹。
兄妹って言ってもあまり似てないんだけどね。同じ中学に通ってて、クラスは違うもののずっと翼と一緒にいることが多い。
だから授業が終わると、翼の居場所を聞きにあたしの元へと訊ねにくるのだ。
ってか、何でもかんでもあたしに聞かないでよ。翼の居場所なんてそう把握してしてないし、自分たちで見つけ出せばいいじゃん。
ーーーなんて、口が裂けても言えないよなー…。
「なんで翼の居場所、教えんだ?」
いきなり後ろから発せられた声に驚きながらも、知ってる声だと分かると素直に質問に答えることにした。
「だって…あたし、翼の妹だし…」
後ろを振り向くと、予想していた人…黒川くんが腕を組みながら立っていた。
…そういや黒川くん、“なんで翼の居場所教えんだ?”って言ってたよね?もしかして本当に校庭に翼がいるのかな…?うわ、そしたら確実に後で怒られるな…翼に…。
ってか、黒川くん、ここは3年生の教室なんだけど…?
「そりゃ、本当はあたしだって教えたくないよ…」
翼、女の子と話すのが嫌いだし、今は一生懸命サッカーに取り組んでるんだもん。
翼の邪魔はしたくない…。
でもー…。
(「あんた、翼くんを独り占めする気?」)
(「いいわよねー。あんな格好いい双子のお兄さんがいて」)
(「本当。翼くんの側にいれるからって調子に乗らないでよね?」)
翼が兄ってことで周りの視線が痛かった。
嫌味を言われるたび、翼の側にいちゃダメ。話しちゃいけないんだって。学校の中では近づかない方がいいんだって思うようになってしまった。
「…なぁ。それではいいのか?」
「だって…仕方ない、じゃない…」
あたしの正直な気持ちだった。
どうすればいいのか、もはや自分の中では分からなくなっていて、少しでもリスクの少ない方法を選ぶしかない。
そう自分に言い聞かせてきた。
「は遠慮しすぎなんだよ。翼とは双子で妹なんだろ」
うん、そうだけどー…。
「ー……兄貴にもっと甘えてもいいんじゃねーか?」
「えっ……?」
「それが妹の特権だろ。せっかく兄妹で、しかも双子なんだ。ー…もっと正直に生きてもいいんじゃねーか?」
黒川くんの言葉が胸に刺さって、悔しさで涙が溢れそうになった。
あたしが弱いから…だから翼にまで迷惑をかけちゃってる…。
「でも、翼に言ったところで何て言われるか…」
「翼はもう答えが出てると思うけど?」
親指をくいっと後ろに向ける黒川くん。
なんだろうと、視線を移してみると、あたしが良く知ってる人物が仁王立ちで突っ立っていたー…。
「つ、翼!?」
「ったく、あんな奴ら相手にする方が無意味だっつーの」
いきなり翼の声が響き、思わず動揺を隠せない。今さっきのこと全部翼に聞かれてたなら、あたしは確実に翼のマシンガントークの餌食になるな…。
「ってか、今までそんなくだらないことで悩んでいたわけ?」
はい…すいません。翼の言う通りです…。
ーーなんて思っちゃうあたり、翼には本当に敵わないなーってあらためて思う。
“はぁ”と深いため息を吐く翼に、また何か言われるのではないかと気構えていたーーその時だった。
「、これからは俺の側にいろよ?」
ー…え?
思っていたことと違う言葉が耳を通り抜け、うつむいていた顔をゆっくりと上げていく。
「あんな奴ら、俺が黙らせてやるよ。」
いつもの、得意げな笑みを浮かべる翼。
その顔と言葉で、どこか肩の荷が下りた、そんな気がした。
ー…翼がそんなこと言うなんて思ってなかったけど…。
でも、翼がそう言ってくれて良かった…。
だってあたし達、双子なんだもんね。兄妹が遠慮することなんて可笑しいもんね。
ーー…よし、明日から無理しないようにしよう。
少しでも素のあたしが出せるように。
心から笑えるあたしになれるようにーー…。
「…ありがと、翼!」
翼が兄で、本当に良かった。